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広瀬真咲 / 生態学 Biology of Masaki Hirose

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セキネマーロウインタビュー「謀み、とか、策略、に近いもの」

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撮影:近藤誠 photo by Makoto Kondo /NIPAF AISA 2009

パフォーマンス・アーティスト セキネマーロウインタビュー
インタビューシリーズⅢ
インタビュワー:広瀬真咲

私(広瀬)はパフォーマンス・アート※1という、説明が難しい現代アートの分野に取り組んで、
16,7年程になる。セキネさんのパフォーマンスを初めて見たのは、今はなき明大前の
キッドアイラックであった。バケツにおはじきをぽっちゃんと落とし、
手を1回叩いて詩のようなものを朗読する。彼の代表作である。(上写真掲載)
言葉数は少ないが、存在感のあるアーティスト、セキネマーロウさんへ
今回インタビューを試みます。

主に小劇場やライブハウス、イベント等で活動する人たちがいる。
私もおよそそのようなアンダーグラウンドを渡り歩いている者だが、
長年この業界にいると、ある程度名の通ったアーティスト達と出会う。
彼らは自分の記録をあまり公に残すことをしない。
そんな人々にスポットを当てたインタビューシリーズの第三回です。
過去インタビューはこちら

(以下太字広瀬の質問)
*以下パフォーマンス・アートをパフォーマンスと略称します。
*セキネは「セキネマーロウ」か「関根麻郎」の名前で活動してます。
*敬称略

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撮影:近藤誠 photo by Makoto Kondo /NIPAF AISA 2009

1.セキネさんがパフォーマンスをはじめたのはいつ頃ですか?
また、そのきっかけをお聞かせください。
その後、現在に至るまでのパフォーマンス履歴を簡単に教えて下さい。


(セキネ)
若い頃からやっているわけではありません。
始めたのは確か2006年、すでに44歳だったと思います。
きっかけは、その前年、若手の現代美術作家10人くらいを取り上げた
館林美術館の『夏の蜃気楼展』という企画展で、
犬飼美也妃(※2)さんという作家の展示を見たことです。

その展示は作家が〈吸って吐いて〉というテーマでパフォーマンスを行った時の写真や、
パフォーマンスの結果できる痕跡などで構成されたものでした。
展示写真の中に、たぶん外国でのパフォーマンスだと思いますが、
作家がフーっと息を吐いている隣りで、見に来た人(だと思う)が
一緒に同じように息を吐いているものがあって、何だろうこれは、分からないけど凄いなあ、
と思った記憶があります。会期中、作家がパフォーマンスをやる日はすでに過ぎていましたが、
ワークショップをやる日があったので、後日、参加しました。

参加者は数名でしたが、お子さんからお年寄りまで、リラックスした雰囲気のワークショップでした。
最後は、一人ずつ数分間、美術館内(敷地内)のお気に入りの場所でやりたいことをやる
(とりたいポーズをとる、だったかも)、という課題が出されました。
しばらくして犬飼さんから、パフォーマンス・アートのイベント(NIPAF※3)のお知らせをもらい見に行きました。
日本人ばかりでなく外国の人も出ていました。よくわからないパフォーマンスもたくさんありましたが、
なぜだか感動したパフォーマンスもありました。


パンの耳3-600
「パンの耳」でのパフォーマンス

それまで絵を描きながら演劇や映画などにも興味を持っていましたが、
パフォーマンス・アートはどちらの要素も持っているように思えたことや、
感動した作品が技術の有る無しで成り立っているわけでなかったこと、
また同時に出演者があまりにも無防備に見えたこと、などに強く惹かれたような気がします。
自作自演ということをやってみたかった気もします。
見に行っているうちに機会を得て、別のイベントで初パフォーマンスをやらせてもらい、
その後、見に行っていたイベントにも何度か出演させてもらいました。
ツアーに参加させてもらい中国へも行きました。

それからは時々、機会があれば自作のパフォーマンスをやったり、グループでの活動に誘ってもらったり
他の人の作品、公演に出たりしていました。あまり人前でやれていない時期もありましたが、
ジャズのライブなどを時々見に行っていたお店で、何かやりませんか、と声を掛けていただき、
2018年から私の主催によるパフォーマンスのイベントを不定期でやれるようになりました。
最近の出来事としては、私のパフォーマンスを見た映画監督の小谷忠典さんが、
その内容を膨らませて、『パンの耳』という演劇作品にして上演してくれました。
出演させてもらっただけでなく、併せてパフォーマンスもやらせてもらいました。


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2. セキネさんはドローイングも描かれますよね。
以前、工業高校出身で、セツ・モード(※4)の専門学校に行って、
絵画をやっていたと少しお聞きしたことがあります。
最近は楽器も演奏されていますが、
昔から、何かものを作ったり、表現したりすることが好きだったのでしょうか。
絵や音楽、それ以外も含め、パフォーマンスを始める前の、創作履歴をお伺いしたいです。


(セキネ)
父は木版画を、母は油絵を、仕事をしながらやっていました。
そのため小さな頃はよく美術館に連れて行かれましたが、
あまり面白くなくて、すぐ飽きてしまって、私はその頃から反撥していたのか30歳くらいまで、
興味はありましたが美術をやろうとは思いませんでした。

工業高校の機械科を出て、就職して自動車メーカーの工場で1年ちょっと働いて辞めました。
夜間の文学部に合格したので、翌春から昼間はいろいろとアルバイトをしつつ夜は大学へ行きました。
バンドをやりたいような人たちが集まった音楽のサークルで、
メンバー不足だというジャズのグループに入りました。楽器ができなくても歓迎してくれました。
ジャズよりもブルースとかリズム&ブルースとかソウルミュージックとかを好んで聴いていました。
部室に使っていないトランペットがあったので5年くらいやりましたが、あまり上手くなりませんでした。



DSC00175-600.jpg
パフォーマンス・アートのイベント「今は静かに」(※5)でのパフォーマンス。
Art& Jazz M's(国分寺)2023年


30年くらいのブランクを経て、今はパフォーマンスの時にたまに音を出したりもしています。
文学部なのに碌に本も読んでいないダメな学生でしたが、5年通ったところで卒業できてしまったので、
コピーライティングの講座に通った後、販促物などを制作している会社の社員になりました。
転社などもしつつ、4~5年、カタログやパンフレットやチラシなどの文字原稿をつくっていましたが、
向いていない気がして辞めました。

デザイン学校のグラフィックの夜間部に入ろうと思ったのですが、試験があって落ちました。
セツ・モードセミナーという私塾みたいな学校が半年に一度生徒を募集していました。
入試は無く、くじ引きでした。ラッキーなことに、かなりの倍率のくじ引きを一発で通過しました。
入学してから知りましたが「入学試験なんかやったって、その人の才能がわかるわけないだろう」
というのが先生の考えでした。やはり夜に通って、クロッキーや水彩画を描きました。
5年くらい通ったところで先生は自転車での転倒事故がもとで亡くなりました。
先生が亡くなる前に、セツゲリラ、という同人に半年だけ加えてもらいました。
先生が亡くなった後もセツへは5年くらい通っていました。


絵(陽の行方)2-300
“日の行方” ドローイング/セキネマーロウ


個展は銀座の貸しギャラリーで2度ほどやりました。かなりサボってしまいましたが、
また絵を描きたいとは思っています。写真を撮ることや文章を書くことも好きでしたが、
どちらも特には発表はしていません。その後、時々ですが、学生さんがつくる映画に出たり、
パフォーマンス・アートのイベントに出たり、小劇場系の演劇に出たり、
ということを、それぞれにきっかけや誘ってくれる人があって、始めました。


パンの耳300
2022年小谷忠典監督の「パンの耳」主演:伊藤洋三郎、関根麻郎、現代座にて公演。



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3.パフォーマンス・アートって何でしょうか?
このインタビュー企画の趣旨の一つなのですが、
パフォーマンス・アートの定義って、言葉で説明するのは難しいと思うんです。
私は、頭とか、言葉だけで理解しようとするよりは、「実際に見てみてください。」と答えています。
その方がいいと私は思っています。
一般的に、現代美術の一つの分野であると言われていますが、行為芸術と呼ばれていたり、
詩の直接表現だと言う人もいます。

平凡な言い方になってしまいますが、筆を手にもって、キャンバスに絵を描けば絵画じゃないですか。
でもパフォーマンス・アートにはそうしたフォーマットがないんです。
基本的には何やっても自由ですよね。
自分はこれがパフォーマンスです、と言ったら、もうそれが作品になる。
でもあえて、初めて見る人に説明するとしたら.....パフォーマンス・アートって何ですか?



(セキネ)
パフォーマンス・アートとは「パフォーマンスによる現代アート作品」ということでどうでしょうか。
何かそのまんまですが(笑) 。
作家本人が(あるいは作家の指示を受けた人が)何かを行なうもの、
何か行いを提示するものなので、「行為」とか「身体」という方向へ、
つまり「パフォーマンス」という方向へ意識が引っ張られると思いますが、
「パフォーマンス・アート」と言った場合は、パフォーマンス作品ではあるけれど、
それ以前に、現代アートの作品である、ということで見てもらえば、
多少は取っ掛かりができるのかな、とも思います。

ですから、パフォーマンス・アートって何だろう、という以前に、
現代アートって何だろう、ということになるのかなと思いますし、
もちろん実際に見てもらうしかないとは思いますが、
内容もレベルも様々だし、実際に見てもらっても、何だか分からないぞ? これで作品なのか?
これのどこがアートなんだ? ということになる場合も多いような気もします。
私自身、見ていてよくあることですし、私自身のパフォーマンスにも言えることかなとも思います。


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路上アートイベントでのセキネのパフォーマンス「人生50メートル」
「絶景かな絶景かな」郊外篇(路上アート研究会主催)吉祥寺 / 撮影:関谷泉


ご質問の中に、パフォーマンス・アートは「フォーマットがない」
「基本的には何やっても自由」「作家が作品だと言えばそれが作品になる」とありますが、
これはそのまま現代アートの説明になるのかなとも思います。
そしてそこに「作品には何かしらの考え、コンセプトがある」
ということを加えていいのではないかと思います。
パフォーマンスを現代アートの作品として成立させるものは、
作家の考え、コンセプトということになると思いますし、
また作品を見て感じて楽しむと同時に、考えて楽しむのが現代アートである、とはよく言われることですし。

とは言っても、考えることやコンセプト云々よりも、
ともかく人前で何かやりたいという気持ちが優先している人や、
思い付いたままにやっている人もいると思います。

私は自分のパフォーマンスが、アートでなくてはならない、とかあまり考えないので、
そのせいか、それほど強くコンセプトは意識していませんが、
やはり、何かしらの考え無しには作品にならない、という感覚はあります。

つまり、たとえば普通に絵を描く時だって頭は働かせますが、
無心になって、ひたすら良い作品を描きたいという気持ちで制作に打ち込むこともできると思います。
それに対してパフォーマンス・アート、ひいては現代アートは、無心ではつくれない、
というか、やはりいろいろ考えを巡らさねばならず、作品の内容にもよるとは思いますが、
心を無にして作品づくりに没頭することはなかなか難しい気がします。
こういう言い方は誤解を生むかもしれませんが、謀み、とか、策略、
に近いものも含んだジャンルであると思いますので、そこらへん、
疑わしさや怪しさも併せ持っている気もしますし、「そこが面白いのだ」という人もいれば、
「美術は好きですが、現代アート(あるいはパフォーマンス・アート)はちょっと・・・」
と言う人がいるのもよく分かります。


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4.セキネさんは、少し前は、水を張ったバケツにおはじきを落として、
ポチャンと音が鳴ったら手をパンと叩いて詩のようなセンテンスを詠む、
というパフォーマンスを、毎回行っていたのが印象的です。
同じ作品をずっと長いこと繰り返してやっていたのは、
よほど何か思い入れがあったのでしょうか。



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撮影:近藤誠 photo by Makoto Kondo /NIPAF AISA 2009


(セキネ)
同じことをやるのは、その行為が気に入っているからということもあるし、
なかなか同じレベルの別の新しいアイデアが出て来ないから、
ということでもあります。あるいはまだ作品が未完成な気がして、
改良しつつ、何度もやることも多いです。
あるいは考えより先に、作品ができてしまうこともあるので、
自分はいったい何をやろうとしているのか考えるためにも、
必要があって、何回もやっているような場合もあります。


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5.セキネさんは最近は痛烈な暗喩を示唆するパフォーマンス作品を展開してます。
大阪万博のテーマソング(こんにちは~♪の三波春夫の曲)を歌いながら、
観客の体温測定をする作品。口から卵を産んで、ドローイングを行ったり等、
悩みがながら逡巡し、結局落として割ってしまう..という作品、など。


セキネさんのパフォーマンスはいつも入念に構成を組んでいるなと感じます。
私(広瀬)はパフォーマンスで行う内容を半分くらいイメージを考えて、
半分くらいその場の即興で行っているのですが、
セキネさんは事前に構成をカッチリ考えて作成されているのでしょうか。


(セキネ)
構成、台詞、小道具などは、結構しっかり決めることが多いです。
卵を産んで逡巡して割ってしまう作品は、一番最初に作ったパフォーマンス作品です。
ですから始めた時からそんな感じです。ですが、会場の広さや雰囲気、持ち時間の長さや、
揃えた小道具、その日の自分の課題や気分などによって、多少のアレンジは毎回必要になります。
それに、やはり構成を決めていても、失敗したり、途中で忘れてしまったり、
あるいは内容的にも多少の偶然性、即興性は含むので、常に同じようにはできません。
本番中にアイデアを思い付くこともあるし、いろいろその都度、その場で、
対応、調整している感じもあります。そういう微調整は楽しいし、
まったく同じことをやっていても自分が厭きてしまうということもありますので。


こんにちは400
コロナ渦中でのパフォーマンス。大阪万博のテーマソング
(こんにちは~こんにちは~世界の~♪の三波春夫の曲)を歌いながら、
観客の体温測定をする作品。最後に、歌う病原菌に扮したセキネは、
観客に水鉄砲でやられてしまう。


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6. 私(広瀬)は絵画制作畑出身なので、パフォーマンスだけでなく、
絵画や立体等制作もしていますが..そういう業界の中で生きてくと、
やっぱり日本の作家って上手いなと思います。
この意味での上手っていうのは、なんでしょうね、
「技巧的なモノの価値を高める」とでも言えばいいでしょうか。
これって日本の義務教育の美術にも遡ると思うんですけど、
基本的にはモノが上手く作れるかどうかってことじゃないですか。
それはまあ美術、広い意味でアートっていうことの一端ではあるとは思うんです。

自分も美大を経て、そういう処から出て来たんですが、
東京のアンダーグラウンドのパフォーマンス・アートを見た時に、鮮烈な衝撃を受けました。
パフォーマンスをやっているアーティストというのは、およそ素人くさいし、へたっぴなんですよ。
でもアートとしての説得力は、絵画や彫刻といった、モノの芸術よりも、はるかに直接的に響く。


つまり、うまいとか、下手っていうのは、あまり重要じゃない、コンセプトが大事なんだ。
これまで見て来たアートでは少々退屈を感じていたので、パフォーマンスこそ本物だと思いました。
それからパフォーマンスを通して、海外のアーティストと触れ合う機会も得ました。
日本以外の国で捉えられるアートの在り方というのは、モノっていうよりも、
もっと精神的なものを大事にしているなあと思ったんです。

日本ではあまり前に出たがらないお国柄もあるのか、
身体で直接コンセプトを表現する、パフォーマンス・アートを、
現代美術の一端として受け入れることに異和感を覚える人が多いようです。
一般の人だけでなく、ファインアートで活動している作家さん達からも
物珍しい目で見られるように思います。
身体で表現する=踊りや演劇などの舞台芸術じゃないのか、
場違いなんじゃないかっていう向きですよね。

私はパフォーマンス・アートほど未完成な芸術を、
専門の修練を必要とする踊りや舞台芸術の分野に類することは、
その筋を極めた人たち(役者やダンサー)からすればそれこそ
噴飯ものではないのかな~?と思うんです。
また、国内の、いわゆる美術はあまりにもモノや技能に偏っているように見える。
パフォーマンス・アートはこうした情勢の中でも一線を画している分野だなと、
何年か身を置いていても感じます。

(ええと、前置きが長くなってしまいましたが、)
こうしたアート・シーンの中で、セキネさんはパフォーマンス・アートが
どういうポジションになると考えますか。
また、このような情勢の中で、セキネさんがパフォーマンス・アートを
選んでいるのは何故でしょうか。



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撮影:近藤誠 photo by Makoto Kondo /NIPAF AISA 2009


(セキネ)
アートの人たちの「つくりたい」や、舞台芸術の人たちの「演じたい」も、
最初は模倣とか技術の習得からスタートしていることがほとんどだと思います。
ですので、たいていは鍛えた技やセンスや経験を生かして作品をつくっているわけですし、
技術を獲得し、完成度の高さを追求するのは、あるいは、そういう時の向上心のようなものは、
つくる人や演じる人が持つ素直な純粋な気持ちだと思います。

それに、たとえ技術に拠らない作品をつくる場合でも、技術は作品づくりの基礎になっている、
という意識であることが多いのではないかとも思います。

パフォーマンス・アートは「現代アートの一分野」だと思いますが、
あまり一般的に認識されていないこともあり、
「パフォーミング・アーツ(舞台芸術)(※6)の一分野」、
あるいは「エンターテイメントの一分野」のつもりで見に来るお客さまもいると思います。

中にはそういう意識で作品を発表している人もいると思います。
そういう意識で、あるいは、常識的な、というか、普通の感覚で、というか、
そういう目でパフォーマンス・アートを見ると、
やはり、技術を持たない人による、変わったことをやりたい人による、
何かしらの考えとかコンセプトがあればいいと思っている人による、
〈戯れ〉的なものにしか見えない場合もあると思いますし、
時には途中で怒って帰ってしまうお客さまがいるのも分かる気がします。


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キャベツと無言で囲碁(おはじき)をするというパフォーマンス
板橋サブテレニアンにて 2023


ともかくパフォーマンス・アートは、日常、目にすることは稀ですし、
マイナーな現代美術シーンの中でもマイナーな位置にあると思いますので、
世の中的には、やはり相当マイナーなポジションにあると思います。

一生、パフォーマンス・アートなど意識することなく過ごす人も多いと思います。
(とはいえ、中学生の頃に音楽雑誌か何かで見て「何だこれ?」と思った記憶のある、
ジョン・レノンとオノ・ヨーコの『ベッド・イン』のように、
一般的にもかなり広く知れ渡ったような凄いものもありますが・・・)

ともかく、そんな中で私は、パフォーマンス・アート的なことを「選んだ」というより、
パフォーマンス・アートのイベントを見に行っていたら
「自分でもやってみたくなったので、やってみた」という感じでしょうか。

初めて見に行った時は「こういうことをやっている人たちもいたのか」と思いましたし、
ですので、つまり、始める前から状況(シーン)が見えていたわけでは、もちろんありません。
今でもあまり見えていません。いろいろやってみたくて、
美術に限らず、あれこれ手を出したり、取り組んでみたりもしていますが、
どれも中途半端な中で、たまたまパフォーマンスがいちばん発表の機会を持てている、
たまに面白がってくれる人がいる、なので続いている、ということかなと思います。


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7.何か今回のインタビューの感想あればどうぞ。

(セキネ)
自分で思っていることを言語化することは、とても大事なことだと思います。
いい機会をいただいたと思います。といって「言葉にするのは興醒めなんだよね」
とか「言語化できないから作品にしているんだよ」と言う人の気持ちも分かります。
私にもそんなところはあります。

ともあれ、パフォーマンス・アートに対する考え方、評価はいろいろあると思いますが、
私にとって大事なことは、見ている人の心が動いたかどうか、ということであって、
それがもし達成できれば、自分のやっていることが「アート」でも「パフォーマンス」でも、
私自身は構わないし、そこに技術が有っても無くても、言葉が有っても無くても、
それは必要に応じて、どちらでもいいことだと思っています。

でも、技術を持っている人が技術を生かして作品をつくるのは当然ですし、
そのための技術なわけですし、技術を持っている人が持たない人を肯定するというのは
難しいことだというのも分かります。

逆に言えば、自分がこれといって技術を持っていないから、アートは技術の問題ではない、
ということを肯定できるのかもしれません。
ただ通常、たぶん、現代アートにおいては(現代アートに限らないかもしれませんが)、
技術的なことは他の人に、あるいは機械などに任せることはできても、
考えることを他の人に任せたら、それはその人の作品というより他の人の作品になってしまいます。


今静15画像450
“雨の行方” ドローイング/セキネマーロウ


ですから、やはり自ら考えることが重要になってくると思いますし、
技術が有るなら有るなりに、無いなら無いなりに、作品の背景として、
自身の考えやコンセプト、つまり「言葉」を持ち込む必要性は生じてくると思います。

さらに言えば、技術を持たないほうが、あるいは持っていても使わないほうが、
コンセプト的なものの重要性がより増すであろう分、
必然的に、現代アート的な作品になる可能性は高くなるのかな、とも思います。

ついでに言ってしまえば、わたしの個人的な願望としては、
コンセプトにも拠らず、技術にも拠らず、体力にも拠らず、精神にも拠らず、
何と言うのか、人間の小賢しさのようなものが及ばないような、
考えるより先に体が反応してしまうような、心のざわつきが止まらなくなってしまうような、
ちょっと大袈裟かもしれませんが啓示のようなものをもたらすような何かを持った
、あるいは何も持たないような、それはやはり、個人的な、というか、
見る側の心の持ちようの問題かもしれませんが、
そんなパフォーマンスを私は見たいなあ、などと思っています(笑)。

以上、ちょっとごちゃごちゃした内容になってしまった感もありますが、
このインタビューを読んで、何かしら興味を持ってくださる方がもしいたら、嬉しい限りです。

関根麻郎/セキネマーロウ


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【あとがき】
言い訳になってしまいます。セキネさんのインタビュー回答が想像以上にボリュームがあって、
あとコロナ明けで広瀬が一気に多忙になり、(セキネさんも、すごーく丁寧な回答を作るまでに
半年くらいかかっていたのもありますが・・笑)今回の掲載までに結構かかってしまいました。
この場を借りてお詫びします。

冒頭にも書きましたが、セキネさんはどちらかというともの静かな方ですが、
存在感とか雰囲気のある印象的なアーティストです。昔からよくイベントなどでお会いするのですが、
普段言葉数は少ない方なので、今回パフォーマンスのことや履歴を聞いてみることにしました。

セキネさんはそれまでも絵や音楽、編集の仕事など様々なことを経歴していましたが、
44歳からパフォーマンス・アーティストとしてスタートしたというお話。
一般に画家さん、作家さんは小さい頃から絵を描いたり、モノを作ったりしていた..
といった話をよく聞きますが、パフォーマンス・アートは大人になってから
始められる、スタートランのハードルは高くない新しい分野なんだなと思います。
私も本格的にパフォーマンスを始めたのは、大学卒業後からでした。
歳を重ねると、よく、「始めるには遅すぎる」などと思いこんでしまったりしますが、
ほんとはある程度社会経験をして、大人にならないと新しく始められないこともありますよね。


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撮影:近藤誠 photo by Makoto Kondo /NIPAF AISA 2009


誰にとっても恩師と言う存在はいるのかもしれないです。
アーティストにとって、恩師は自分の筋道を歩むきっかけを作ってくれた、特別な存在なのですね。
インタビュー回答を読むと、セツ・モードセミナーの「セツ先生」は魅力的な先生だったように思えます。
私の中にも、学生時に美術を志した時や、パフォーマンスを初めた時に背中を押してくれた「せんせい」が
何人かいて、今でも背中を押してくれているような、心強さがあります。

文中にありました、演劇「パンの耳」のアフタートークにて、
セキネさんがパフォーマンスと演劇の違いをお話ししていました。
「演劇は観客がいないと成立しないが、パフォーマンスは観客がいなくても成立する。
例えば、”神”に対して行うパフォーマンスもありうる。」と語っていたのが印象的です。


*写真提供いただきました、写真家の近藤誠さん、映画監督の小谷忠典さん、ありがとうございました。
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(脚注)
※1 -パフォーマンス・アート(performance art)・・・

本インタビューでも記述するようにパフォーマンス・アート、略称パフォーマンスの定義は難しい。
現代美術の一つの分野とされ、演劇やダンスといった舞台芸術とは区別されている。
パフォーマンス・アートは特定のスタイルを持たないが、いくつか特徴がある。
あえておおまかな言い方をしてみる。
専門の訓練、技術を積んだ者が、演出家や監督などが設定した
舞台や台本に沿って行うのが演劇、ダンスといった舞台芸術である。
これに対しパフォーマンス・アートは作家自身が直接コンセプトを表現する。
ことさらに「演じる」のではなく、日常の自然の行為や所作に近い体の動きを鑑賞者は見ることになる。
その為、行為芸術とも称される。

また、絵画や彫刻は、作家が長い時間をかけた制作の結果を「もの」として提示する芸術であるが、
パフォーマンス・アートは、作家が行為するプロセス自体が作品であるといってもよい。
もっとアカデミックな話をすれば、その起源は1910年代のダダイズムに遡ると言われる。
ただし諸説ある。ここではパフォーマンス・アートの歴史的背景まで説明するときりが
なくなるので割愛する。もっと詳しく知りたい方は、下部に参考文献やサイトを掲載しているので
参照するとよい。

※2-犬飼美也妃・・アーティスト。パフォーマンス・アートを始め、インスタレーションなど、
国内外で精力的に活動している。滋賀県にてアーティスト集団m-fat主催。

※3-NIPAF.....日本国際パフォーマンス・アート・フェスティバル実行委員会。通称ニパフ(NIPAF)。
パフォーマンス・アーティスト霜田誠二がディレクターを務め、1990年代-現在まで日本各地を初めとし、
パフォーマンス・アートの国際フェスティバルを開催。海外からパフォーマンス・アーティストを多数招聘し、
また海外ツアーも度々行う。アジアのパフォーマンス・アート運動を牽引。

※4 -セツ・モードセミナー・・戦後のファッションイラストレーターとして一生を風靡した
長沢節が創設した画塾。イラストレーターや漫画家、デザイナー等数多くの著名人を輩出。

※5-「今は静かにパフォーマンスなど」・・国分寺のライブハウスArt&Jazz M'sで
突発開催されるパフォーマンス・アートイベント。セキネマーロウ主催。
コロナ期より静かに始まり、現在も不定期開催。

※6 -パフォーミング・アーツ(performing arts)とパフォーマンス・アート(performance art)の違いについて
・・芸術分野の区別として、一般的に、演劇・ダンス等の舞台芸術を「パフォーミング・アーツ」と呼び、
現代美術の「パフォーマンス・アート」とは異なる分類をしている。

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セキネCV画像300

セキネマーロウ/関根麻郎 Maro Sekine/ Asao Sekine

1962生まれ。絵や写真をやっていたが、2007よりパフォーマンスアート的なこと。
2008より演劇(chon muop、sons wo: などの作品に出演)。
2018よりM's(国分寺)にてイベント「今は静かにパフォーマンスなど」を主催。
2022 演劇「パンの耳(セキネのパフォーマンスを映画監督の小谷忠典氏が
拡大解釈して演劇にしてくれた作品)」に出演。たまに管楽器も。

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広瀬CV画像

インタビュアー:
広瀬真咲 Masaki Hirose

2008東京造形大学絵画専攻卒。卒制でパフォーマンス・アートを行う。
卒業後、国内外のパフォーマンス・フェスティバルに出演。
2013年頃より絵画制作も再開し、生態学と称し数年おきに個展を開催。

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インタビューシリーズ過去履歴:
Ⅰ.パフォーマンス・アーティスト: 関谷泉インタビュー「日常を問い直すアイディア」
Ⅱ.即興ピアニスト:照内央晴インタビュー「“わかる”ことから漏れるもの」

*インタビューシリーズをボランティアで英訳して下さる方を募集しています。
ご興味ある方は広瀬までご連絡ください。

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【文献等紹介】
パフォーマンス・アートの良書は極めて少ない。
理由の一つに、ダンスや舞踏などと混同し紹介されている美術書籍が多く、
それがパフォーマンス・アートを理解するにあたってより分かりにくくしている所以でもある。
以下に挙げる文献やWEBサイトは、現代美術としてのパフォーマンス・アート単体を焦点に当てている
希少な資料である。

(本)
肉体のアナーキズム
1960年代日本美術におけるパフォーマンスの地下水脈
黒ダライ児著 グラムブックス
・・題名通りだが、1960年代の日本の反芸術運動としての
パフォーマンスの軌跡の集大成。辞書なみの重さ、不朽の労作。

(WEB)
IPAMIA
https://ipamia.net/
・・世界各地の現代パフォーマンス・アーティストの動画や活動履歴のアーカイヴ。


パフォーマンス・アートは実践芸術。
自分の目で直接パフォーマンスを見に行ったり、
小さなことでもいいので何かやってみたりすることをお薦めする。




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テーマ : アート・デザイン    ジャンル : 学問・文化・芸術



プロフィール

広瀬真咲 Masaki Hirose

Author:広瀬真咲 Masaki Hirose
パフォーマンス・アート、絵画、
インスタレーション

【問い合わせ先】
shin3kibou-bgm★yahoo.co.jp 
(★を@に変えてください。)

◆作品の展示、パフォーマンス出演の依頼はメールにてご相談下さい。

Masaki Hirose
Art works: Performance art & painting

[contact/ Masaki Hirose]
shin3kibou-live★yahoo.co.jp
(Please change ★ to @)

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